コラム

記入者:湯坐麻里子

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

ここ数年,年が変わったとか変わってないとかという気分でもなく
なんとなくの行く年来る年である。

去年の紅白は嵐が司会をしていたので,ようやく嵐を見たが
松本君のみは知っていたが,
あとのメンバーはやっぱり見覚えのない顔だった
今年,また彼以外のメンバーを見ても絶対に分からないと思う・・・

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年末年始は実家のある滋賀に戻るのがパターンである。
私の祖母の出身は三重県の津市(もっとさかのぼると岩手県の出身らしい)である

そのせいか,割と三重県に行く機会が多く,
中でも,鳥羽水族館のある鳥羽と伊勢市のお伊勢さんに行くことが多い
特に年末か年始のいずれかにはほぼ欠かさずお参りしている
別に信心深いわけでも,政治的な思想的背景があるわけでもなんでもないが,
なんとなく行ってしまう

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さて,今回は年末に三重県に行った
最初は鳥羽水族館に行った(実は私,大層,水族館が好きなのである)
閉館間近の16時までいたので,その後,お伊勢さんに行くか否か迷い
旦那から「そもそも伊勢神宮は夕刻に参詣することができるのか」と言われたのだが
「いや,昔,夜に伊勢参りをしたことがある。
そもそも,神社は24時間あいている筈である」
「でも(?)せっかくだから,赤福の茶店で赤福も食べてこよう」と伊勢神宮に向かった
(茶店で食べる赤福は持ち帰り分とはまた別のおいしさがあるのである)

で,まず,赤福を食べ(閉店間近のぎりぎりだった),
「やっぱりここまで来てお伊勢さんにお参りしないのは罰当たりなのではないか」
(しかも赤福だけ食べて・・・)
と突如弱気になった私が,とりあえず,ちょっとだけでも拝んでくるわと
走っていったら,守衛さんがすごい形相で走ってきて思い切りストップをかけられた
改めて見てみると鳥居の下あたり「民間参拝は終了しました」と大きな看板が出ていた

しかし,「民間参拝」という言葉に改めて伊勢神宮の位置づけの歴史的経緯を思い出した
でも,私などは「年末年始のお伊勢さん」というのは幼い頃からの習慣であり
位置づけ以前の風習になってしまっている
だから,今年は改めてお伊勢さんにお参りしないとなぁと思っている。

 

記入者:湯坐麻里子

うちの事務所の外回り用の車をたまに使うと
エンジンをかけたときに流れているのは毎度FMラジオである。
私はAMラジオ,それもNHKラジオ派なので必ずNHKAMラジオに切り替える。

先日,うちの事務と共に車に乗った際に
「何,君らはAMは聴かないわけ?」ときいたら
「そう,たまにAMになってるときがあって誰がきいてるの?
渋いなぁと思っていました」という返事が返ってきた。

私はAMラジオ(それもNHK)を仕方なくきいているのではなく積極的に好きである。
母がよくきいていた影響であろうが,大学時代はTVを下宿においていなかったので
(今もそうだが,基本的にTVはあまり好きではない)
なんとなくつけるのはもっぱらラジオであった。

AMラジオをきくかきかないかというのは意外と世代性があるのだろうか
初めて自分のラジオをもったのは,中学生になったときである
世代的な話になるが,私の中学時代にはまさに「中学時代」という雑誌と
「中学コース」という雑誌があった。
これらは激しい部数争いをしており,どちらの雑誌も
新中学生に対して「年間購読を予約すればプレゼントをあげます」
というキャンペーンをして購読を誘引していた。
そのプレゼントがまさにラジオであったのである。
しかもヘッドフォンつきのラジオで,
夜中でも何でも人目(人耳)をきにせずきけますよ(ここが小学生との違いだろう。
大人の第一歩である)という趣向であった。

さて青春時代にきいていたラジオといえば,
1 ハイヤング京都(KBS京都)・・・今思うとなんともいえん番組名である
2 オールナイト日本(ニッポン放送),である。
(こうやって考えると
NHKラジオをききだしたのはやはりもう少し年をとってからだ)
今の子どもはどうだか知らないが,
我々の時代はラジオの影響を結構受けているのではないだろうか。

私の時代だと(これが中学だったか高校だったよく覚えていない)
島田紳助がハイヤング京都のパーソナリティをやっていた。
島田紳助って,TVではどうだか知らないけど(というのはTVを観ないから)
かなり真面目でかなり熱く語る人である。
だから,まだまだ可塑性に富んでいた青春時代にこの人のラジオをきいて
彼の人生観に影響されている関西人というのはかなりいると思う。

その他,私がよくきいていたのは,
中島みゆき,越前屋表太,ビートたけし,簑屋雅彦あたりである。
そういえば,福山雅治もオールナイトニッポンのパーソナリティを
担当していた頃があった。
ラジオだと本当に単なるエロい兄ちゃんであり,
底抜けの明るさ(というかチャラさ)が
見た目の格好良さとアンバランスでなんとも面白かった
中島みゆきも,お作りになる歌とは反比例して,ご本人はド明るい人である。
あの人のラジオもかなり面白かった。
いつも本当にふざけた内容のラジオだったのだが,
最終回の方で,しんみりした話をされて,
その内容があぁやっぱり芯の強い人なんだなぁという内容だったのが
今でも印象に残っている。

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ん,何の話をしようと思っていたのでしょうか。私
いつのよりまして題名と話がずれているではないか

NHKラジオをきくといっても毎日ではない。週に1,2回であろう。
聴く度に毎度といっていいほど耳にするのが
「福島県在住の○○さん(これは特定の人ではない)からのお便りです」である。
これ,本当にびっくりする位毎回である。
旦那にこの話しをしたら「俺も気付いていた」と言われた。

福島県の人は,ラジオ番組に投稿するのがたいそう好きらしい。
私の予想では,多分,投稿者の90%が福島県民で
でも全国放送であるNHKラジオにおいては
あまりに偏るのも何なので30分に0.5人採用というルールがあるのである
(というのは全く勝手な予想)

それにしてもなぜだろう。東北でも他県は目立って多くはないので
東北人だからという理由ではないハズ。
かなり不思議である。マメというか律儀な県民性なのでしょうか。

 

10年11月 : プロの専業主婦

記入者:湯坐麻里子

本当に11月なのか?と大いに疑問だが,11月である。
間違いなく12月はあっという間に来て終わる。
毎年そうなので今年も間違いない。

そして,1月13日に誕生日が来てまた年をとるのである
もっとも,あんまり年をとったからといって気にしてなくて,年をきかれて
実年齢より上の年齢を間違えて言っていたりする・・・
でも,あとでおかしいなぁなんで旦那においついたんだろうと
計算し直して間違いに気付き,やはり少し損をした気にはなる

いつもながら,前置きが長い。癖である。
大学で司法試験受験生対象に試験対策で講義をしていたがいつも前置きが長かった。
(それだけをきいている人もいた位。
こうなってくると雑談を超えて漫談である
といってはおこがましいのは承知の上での発言である)

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さて,専業主婦ときいてどういうイメージを抱かれるでしょうか。
この不景気の中ではある意味高級な職業であるが,
主婦といっても色々おられる。
この人,毎日何してるんだろう?という人もいれば
なんて素敵な奥様なのだろうという人もおられる

うちの事務所には不定期で来てもらっている基本主婦のスタッフがいる
ややこしいのでAさんというが,
債務関係の事件の引き直し計算の入力の手伝い
という趣旨で来てもらうようになったのだが,それ以外にも
事務所を整理してもらったり,色々と総合的に仕事をしてもらっている。
 
彼女から,
「麻里子先生,このあたり(という位,広くエリア的に散らかしている私),
片付けていいですか?」と声をかけられるときがある。
「え,また,散らかしてた?お願いします」
と答えるや否や,残す物と捨てる物を瞬時に判断し,
極めて的確に捨てる物を分別して加工し,
なんやら段ボールやら袋やら適当に利用して綺麗に整理整頓してくれる。

先日は,事務所全体の整理をしてもらったが
(散らかした犯人は聖史弁護士と私であった),
皆が唖然とする位にてきぱきと整理整頓してくれた。
 
別に事務所を散らかしているわけでもない事務所のスタッフまでもが,
「今までの自分たちは甘かった。私達の今までの生活態度は間違っていました」
と深く反省する位の感動であった。

なるほど整理整頓というのはこういうことをいうのか
と近藤典子ばり,いや,あぁいうテクニカルな話ではなかったので
それ以上の感動と猛省を促す出来事であった。

定期的に来てもらっているわけでもなく,時間的にも
本業に差し支えない程度の限られた時間なのであるが
Aさんがたまに来てくれるのと来てくれないのとでは
なんとなく事務所の空気が違う(整理整頓という意味だけでなく,なんとなく,母性的なものが事務所に吹き込まれる気がする)というのは本当に偉大である。

このように,主婦業であれ,なんであれ,
素晴らしい仕事というものには人の感動をよぶものである。
「感動」というのは,感動という波動か何かがあって,
整理整頓でも料理でも気遣いでも,芸術作品でも,
何でも同様の原理で人の心に働きかけて感動を呼び起こすのではないかと思う。

と,Aさんの片付けぶりに感動し,こんなにも深く考察している私であるが,
今,事務所を見回すと,
あのとき感動した状態がまたいつもの雑然とした状態に戻りつつある。
片付けても片付けても,というこの状態は寄せては返す波のようなものである
(といっている場合ではないが・・・)

 

記入者:湯坐麻里子

かなり報道されたので皆さんご存じだと思うが
武富士が会社更生手続きの開始の申立をした。

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詳しい説明は色々なところで解説がなされているので
かなり簡単にいうと(だからかなり大雑把な説明になることをご了解ください)

会社更生というのは
経営困難になった会社が
裁判所の監督のもとに資産や借金の整理をする,という手続きである。

武富士の借金の中には,過払い返還請求権が含まれている
(というよりも過払いの返還が大きな負担だったといわれている)

会社更生手続きを開始するか否かは裁判所の判断であり
まだ開始するという裁判所の決定が出ているわけではないが
おそらく11月前半には開始の決定が出るだろうといわれている。

以下,開始された後に流れについて過払いに関する点にしぼって書くことにする。


〓〓〓〓〓〓〓債権届と認否 ~過払い金の返還請求

開始決定後は資産や借金の内容が調査・把握されることになる。

借金の内容については,武富士側でも調査をするが
きちんと武富士から返してもらいたい場合には
「債権届」というものを出す必要がある。

決められた期限内に出さなければ原則的に請求権を失うことになる

(これまでの例からして武富士から用紙が送られてくることになると思われるが
過払いがあるかどうか分からないという場合などは
武富士に問い合わせるなり弁護士に相談するになりされた方がよい。
尚,届け出期間は開始決定から4ヶ月以内である)

債権届には,何円の返還請求権があるのかを書くのであるが,
この債権届けを出せば全額返ってくるのかといえばそうではない。

まずは,武富士側で届け出金額通りの過払いがあると認めるか否か調査をして
いくら認めるのか回答が返ってくる形になる(「認否」と呼ばれている)。
そして,武富士の回答に不満がある場合は,債権者側の方で金額について
争う手続きをとることになる

〓〓〓〓〓〓〓更生計画案・決議 ~いくら返ってくるのか

で,武富士が認めた金額が全額返ってくるかといえばそうではない。
武富士の資産状況によって,
債権届けが出ている過払い金の何割を返還するかが変わってくる。

何割を返還するかは,「更生計画案」という計画案によって示される
(武富士のHPには計画案の提出期限が平成23年夏頃と書かれている)。

債権者はこの計画案について賛成するか反対するか投票をすることになる(決議)
(どのような方法で投票するかは未確定だが,書面投票のことが多い。
過去の例では,決議の用紙が債権者に送付されてきていた)

計画何が可決され,さらに裁判所が計画案の内容のとおりでOKと認めた場合(認可)は
以下のとおり,計画案が実行されることになる。

〓〓〓〓〓〓〓更生計画案の遂行 ~返還

計画案の内容が確定した場合には,計画案に定められた割合によって
支払いが行われることになる

これがいつになるかは未定だが
パターンからしておそらく今から1年かそれ以上かかるのではないかと思う。

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以上であるが,こう書かれても「よくわからない」という方が多いと思う。
また,時期によって状況も変わってくるので
不安や疑問のある方は弁護士に相談された方がよい。
いくら返還されるのかは分からないが,権利を失うのは勿体ないと思う。

〓〓〓〓〓〓過払いではなく債務が残っている場合

過払いではなく借金が残っている場合には,
これまで通り返済する必要がある。
但し,返済といっても,元々,法定金利(18%・15%等)に従って返済すればよいので
債務が残っているという場合も一度相談された方がよい

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として,今回,武富士の会社更生に関するネット上の情報を見ていると
掲示板みたいなところで
質問「過払い金が大幅にカットされるとききましたが本当でしょうか」
回答A1「そうです。かくかくしかじか・・・」
これに対して
A2「そんなことはありません。全額支払われます。
 A1さんは何を知ったかぶりをして説明してるのですか」
というような意見が出て,それに対してまた反論やら野次のようなコメントやら
がずらずらと出ているのを見かけた。

こうやってみていると,ネットの情報というのも,色々だなぁと改めて思う。

私自身もネットで調べることはよくある。
弁護士なので法的な分野については真偽の判断ができるが,
他の情報についてはよく分からない。

だからネットで調べた情報を鵜呑みにするのではなく
それ以外の方法でも調べて検討しておかないと危険だなぁといつも思っている。

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いずれにしても,一度ご相談されることをおすすめいたします。

 

記入者:湯坐麻里子

9月はなんだか忙しくて初めてブログを書かないひと月になってしまった
1ヶ月に最低1回と決めていたのに挫折である。
さて,10月こそは書かなければと思って書き始めたがどうものらない
というわけで,今回は(いつもだが)くだらない話である。

皆さんは食べ物で何が好きですか。

私が好きな食べ物は色々あるが
たまにはまるときがある。

御池煎餅にはまったこともあれば,
福島でいえば,一時期,かんの屋の家伝ゆべしにはまったことがあった

変わったところでいうとたまねぎを炒めて食べるのにはまったことがあり
(当時,中学生だったか高校生だったか)
おやつというとたまねぎを切って炒めて食べていた
(おそらく血液はサラサラだっただろう)
袋をあけて食べるというスナック菓子のような手軽さではなく,
結構手間のかかったおやつなのだが
それでも,横にいた兄に勧めないのも悪いかと気を遣って
「あんたも食べるか?」ときいたが
「いらん」とただ一言返ってきたのを明確に覚えている。

はまると本当にそればかり食べているので
せっかくはまったものなのにだいたい食傷気味になってしまう
1,2年はあけないと,なんだか手が伸びないのである
(そういえば,夏にはまったどこかのゼリーも食べ過ぎてしばらく食べていない)

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そういうのって,性格的なものなのか,
うちの兄も似た傾向がある

小学校の頃,彼は森永チョコフレークにはまっていた
遠足で300円分だったか500円分だったか
決められた金額までのお菓子をもっていくのだが
彼は全額を森永チョコフレークに費やし,お菓子はオール チョコフレークであった

出発する際には嬉しげに得意げに「お菓子は全部チョコフレークやねん」と語っていたが,
帰宅した際には「もうチョコフレークはいらない」とつぶやいていた。

それ以来,彼がチョコフレークを食べる姿を見たことはなかった。

まぁ私からすれば
一日チョコフレークを食べた位でそこまで食傷状態になるとは
兄のチョコフレークに対する愛着はなんだったのかと思わなくもない。

ただ,遠足で「お菓子を食べる」というのは小学生にとって大きな楽しみである。
それが,リュックをあける度にチョコフレークというのでは,
精神的なストレスが大きかったのであろう。

友達との交換も少しはしたのだろうけど,
よりによってチョコフレークだから交換しにくかっただろう思うし・・・

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というわけで,食べ過ぎというのを思う度に
うちの兄のチョコフレークを思い出すのであった。

ちなみに今はまってる物は特にありません。
何か美味しいものはないでしょうか。