コラム

記入者:湯坐麻里子

ずばり,理屈っぽいと思う。
そして,理屈っぽさは,日常生活の上でも,貫かれている。

 私自身考えると,まだ,高校生だった頃,夜,友達から「今,家に1人でいるんだけど,つい怖い映画を観ちゃって,怖いねん・・・」という電話がかかってきて慰めることになったのだが,その際,私が彼女にした話は,「恐くなる気持ちは分かるけど(そもそも,私自身,結構な恐がりである・・・),今,あんたがいる環境,家の状況,外の状況は,恐い映画を観ようが,観なかろうが,変わることはない。変わったのは,あんたの周囲を見回す気持ちだけである。要は,恐い気持ちになってるから,なんとなく今の状況が恐くなっているだけ。と,よく分析すれば何も怖がる必要はない」という趣旨の話だった。
 で,友人も「なるほど,そうか」と納得して,また,その後,他愛のない話をしていたのだが,今にして思えば,ものすごく理屈臭いことを考えていたのだなぁと思う。
 高校時代といえば,知的好奇心が旺盛だった頃で,意味もよくわからないまま,哲学系の本を読んでいた時期だったので,上記のような心理分析をしたのかもしれない。
 尚,私から上記のような心理分析をされてしまった友達とは,今も仲良しである・・

 旦那について考えてみても,彼もかなり理屈っぽい。
 旦那は何回注意しても,こたつでうたた寝をしてしまう。で,先日もうたた寝しているのを発見したのだが,旦那が,起きあがって言った一言が「意図してやったんじゃない」だった。
 こういうのは,理屈とは言わないのかもしれないが,「こたつでうたた寝」という現象と,「意図してやる(とか,やらない)」という言葉の落差に,呆れてしまった・・・
 
 尚,弁護士夫婦で喧嘩するってどんな感じなのか,ときかれることがあるが,多分,理屈っぽい喧嘩をしていると思う。「その点は認めるが,・・・・は否認(認められない)。その余は不知(知らない)」等という調子なので,まさに裁判の準備書面のようだ。ただ,喧嘩するにしても,やはり,どの点に争いがあるのか事実を整理した方がすっきりするのは確かだ。もっとも,こういう発想時代,弁護士くさいのかもしれない。
 まぁ,そうは言っても,「理屈ではそうかもしれないが,感情的には納得がいかん」という主張をすることもあるので,さすがに喧嘩の勝敗まで理屈で決められるわけではない。

 

記入者:湯坐麻里子

 よく依頼者が「相手は嘘ばっかりついている。相手の弁護士は全部信じているのだろうか」という発言をされる。

 弁護士が中立の立場で仕事をすることはあまりない。いつも,原告(申立人)か,被告(相手方)か,妻か夫か,被害者か加害者か等,一方当事者の代理人だ(そういう意味では,労働局の紛争あっせんの調停委員の仕事は両方の話をきくことができるので,新鮮というか,とてもいい勉強になる)。だから,片方の話しかきいていない。

 紛争になっている場合は,両当事者の言い分が食い違っているのが普通だ。
 例えば,セクシュアルハラスメントの事件などは,食い違い方がかなり鮮明になる事件の典型だと思うが,被害者は「セクハラがあった」と主張し,加害者は「していない。」とか,「相手は同意していた。交際していた」等と主張して,正反対の話になる。
 
 「同意」があったのか否かについては,女性側は同意していなかったけど,男性側は同意しているものと考えてしまったという「誤解」の余地もあるが(もっとも,単なる誤解では片付けられない事案も多いが),「していない」となると,どちらかが嘘をついていることになる。

 まず,大前提として,依頼者のお話は基本的に真実であると考えるようにしている。というのは,弁護士と依頼者の関係というのも,人と人との関係だ。互いに,信頼できなければ,共に仕事をするのは難しいのである。

 としても,全て鵜呑みにして話をきいて,依頼者が言うがままに主張すればよいというわけでもない。そもそも,事件というのは,事実が色々と積み重なって事件になっていることが普通である。依頼者の記憶も,一部は真実で,一部は記憶が曖昧だが,多分こうだろうと自分に有利なように記憶が変容される,というようなことになる。記憶というのは,結構曖昧なものだ。
 日常生活におきかえても,旦那と喧嘩になって,「あのとき,あなたは○○でよいと言っていた。なのに,どうして,今になって文句を言い出すのか」等という話になったとき,正直なところ,「んー。そうだっけ?言ったような気もせんでもないけど,どうだっけな」と,言われてみればそんな気もするけど,そうでないような気もするし,ということは誰しもよくあることであろう(尚,最近そういう喧嘩をしたというわけではありません。多分・・・記憶は曖昧・・・)。

 従って,依頼者のお話をそのまま盲目的に信じているわけではない。依頼者のおっしゃる通りのトーンで主張していると,相手から,矛盾点を指摘されたり,覆す証拠を提出されて,後で,主張を撤回することにもなりかねない。これは裁判上,極めて悪印象である

 というと,疑いながらきいているかのような印象を与えそうで,言い方が難しいのだが,そういうことではなくて,弁護士は,相手から反論されたときにこちらの主張が持ち堪えられるか,という検討を常にしておく必要がある。従って,依頼者の記憶が曖昧な部分,ウィークポイントもきちんと把握しておかなければならないのである。

 私は,いつも,依頼者からお話を聴く際に,①いつきいても同じ話か(説明内容が日替わりで変わっていないか),②どの角度からきいても同じ説明をしているか,例えば,ある一日の午前7時から,午後12時までの出来事をきいているとして,午後3時からの部分を突然聴いても,また,午前10時の出来事を突然きいても,概ね間違いなく説明できるか,③端的に,話の内容に不思議な点があるときは,質問する(矛盾点がないか)。例えば,借用書を書いたが,金額は空欄だった筈という話の際には,「金額空欄の借用書にサインするなんてありえないでしょう。」(脅迫でもされたのか)等,チェックをしながら,自分の依頼者の主張をどのように組み立てていくか考えている。

 おそらく,弁護士は皆,そんな感じの頭で話をきいているのではなかろうかと思う。「供述内容が変遷している(変遷していない)」「他の供述者の話と一致する」「証拠と一致する」等というフレーズは刑事事件の判決でよくみるフレーズだけれど,民事事件でも,同じことだ。

 セクハラ事件を担当しているときに,被害者のカウンセリングを担当しているカウンセラーの方と真実か否かをどうやって判断するかと言う話になったときがあったが,やはり,話に変遷がないかとか,矛盾がないかという観点で判断しているということだった。カウンセリングの場合は,真実であると受け止めることが大前提になるので,「この話はおかしいな」と思いながらも,カウンセリングで心を解きほぐしていく必要があるわけだから,弁護士よりもなお話を聴き方に工夫が必要だろうし,大変な仕事だろうと思う。