コラム

記入者:湯坐麻里子

 少し前の毎日新聞に面白い記事が載っていた。

 人の好みは脳の潜在的な活動に左右されている。
 過去に接した記憶が好き嫌いにどう関係しているかという実験で、顔は「なじみのある方が好き」、風景は「新しい方が好き」という傾向があることが分かった。特になじみのある顔を好む傾向は顕著だということだった。
しかも、人は「なじみのある顔だ!」とあまり認識しないままに無意識に好んでいるらしい。
 そして、人の好みが無自覚な認知に左右されているとすると例えば消費者が商品を選ぶ行動も実は自由な意思決定ではなく、広告戦略などに左右されている可能性が高い、という話でまとめられていた。

 この種の話って、皆さん、経験的に分かっていた話ではなかろうか。私はいつからかはっきり覚えていないが、少なくとも中学生位の頃から「自分の本当にオリジナルの考えって実は無いのではないか」と思っていた。
 例えば、事件が起こる→識者がコメントする、例えば、殆どの人が“心の闇”という言葉で話をまとめる→世間一般の人も“心の闇”という話でなんとなく納得した気になる→つい自分も「心の闇」という言葉を使用してしまう。
 と考えると、自分の言葉も自分の考えもあるようで無いような気がする(下手すると、自分の考えはマスコミに操作されているかもしれない)。
 
 そして、上記のような話も、既に他人も考えている話であり、やっぱりオリジナルな話ではない → ということに気づくこともやっぱり私だけではなく、色んなところでテーマになってる話である → ということに・・・・・と延々と続いていくのである。

 哲学というのは、上記のようなことを延々と考え続けること(だと思う)だが、答えが出ない話で面白いが本当にキリがない。私の尊敬する内田樹先生や姜尚中先生をはじめ哲学者の先生は凄いなぁと改めて思う。

 

記入者:湯坐麻里子

依頼者や相談者の中で,結構おられるのが「先生」と呼ばれる職業の方々である。

そして,学校の先生は概ね皆さん字が綺麗である。
とりわけ小学校の先生は字が綺麗である。
私は綺麗な字フェチのところがあるので,綺麗な字を見ていると嬉しくなってきて,しみじみ眺めてしまうのが常である。

さて,弁護士も一応「先生」と呼ばれることが多い(実は,お名前を忘れたときなどにも「先生」という呼称があるのはとても便利である。失礼にならないし。だから皆,先生と呼ぶのかも知れないが・・・)

として,弁護士の字が綺麗か否か。
勿論,綺麗な字の先生もおられなくはないが,私が今まで見てきた限り,あまり綺麗とは言い難い。

上手い・下手以前の特徴として,「何を書いているのか分からん字」が多い。つまりは,走り書きだ。忙しいのでついついそうなってしまう。私もそのタイプだ(本気で書いたらまぁそれなりの字だと,自分では思っている・・・)。

事務員にメモで指示を出していて,事務員から「これは何と書いてあるのですか」と質問されて,自分でも分からず考え込むことがしばしばある。

だったら,なぜ,丁寧に書かないのかと言われれば返す言葉もないが,次から次へと仕事を処理したいので,どうしても走り書きになってしまう。

一番,自分でヤバイと思ったのは,手帳に書いてある字がよめなかったことだ。
「○月○日 ○時」の欄に確かに何か書いてあるのだが,それが何か分からない。場所が書いていないということはどこかに行くのではなくてお客様が来るということなのだろうが,誰だか分からない。

一体誰が来るのだろう・・・とドキドキしながら待っていたが,結局,誰も来なかったり(多分,未定の予定をメモ書きしたと思われる),多分,○○さんだろうと思っていたらその通りだったり。
まぁ,そんなに頻繁にあることではないが,実は1回のことではない・・・

あと,面白いのが,走り書きやらいわゆる悪筆やらもそれなりに法則があるらしく,慣れた事務員さんになると,それを解読する能力がついてきて,それなりに読みこなしているという例もある。殆ど職人芸だ。

その他困った例としては,私の師匠が,英語で仕事をすることが多い為に,メモも英語まじりで(英語で書いた方が確かに早い),知らない単語が出てきたりして,日本人の先生が書いた文章なのに,英単語を調べながらでないと意味が分からない・・・ということがあった(しかも,日本語で書いてある字も例によって走り書きで読みにくい)。

学校の先生が,丁寧な綺麗な字を書かれるのに対して,上記のように弁護士は走り書き派が多い(と思う)のはやはり仕事の性質の違い(先生はやはり生徒の模範にならないダメだろうから。それに対して,弁護士は人としての模範例には全くなり得ない人間が多い)だろうなと思う。

ちょっと話がずれるかもしれないが,私の走り書き癖というか,とにかく,「分かればいいだろう」的ガサツさは大昔からのことで,子どもの頃は,テストの署名欄に自分の名前を最後まで書かないということがしばしばあった(氏+麻里子と「麻里」まで書かず,「子」を書き忘れる)。「麻里子」という字が書けない訳ではなく,重要なのは,テストの回答という気持ちがあるので,つい書き忘れるのである。

こういうことって,几帳面な性格の人からすると考えがたいことなのだろうけど,ガサツな私はこういう類の例が多く,たまに人からびっくりされて,私ってやっぱりちょっと変わってんのかなぁと思ったりする・・・

 

08年11月 : 求 情報(読書)

記入者:湯坐麻里子

 多くの人がそうだと思うが,私も読書が好きである。
面白い本を読むと,作者に対して「ほんまにほんまにありがとう!」と思う。そして,同じ作者の本を読み尽くすのが毎度のパターンである。

 しかし,考えてみれば,本というのは,作者が頭の中で考えたことやら,取材したことやらを伝えているだけのものである(勿論,いかなる場面を設定し,いかなる表現をするかはもの凄く才能が必要だけど,ここで言いたいのはあくまで頭の中の世界に過ぎないという趣旨なので誤解なきよう)。それを他人が読んで感動したり喜んだりしているというのもおかしな話だと思う(まぁ,それを言うならこのコラムこそ,「だからなんやねん」という代物であるが)。
 特に,ノンフィクションならともかく「小説」は,言ってみればちっぽけな人間1人が頭の中で考えて創作したというだけのものである。まぁ,たまに「偉大な人」というのもいるけど,どう言ったって人は平等で,基本的に1人1人の価値は変わらない。特に,地球や宇宙の営みからすれば,人間1人がなんやねんという程度の生物に過ぎない。そのようなちっぽけな人間の,しかも頭の中の産物に過ぎない。

 しかし,読書好きは多いし,本の紹介の記事やら雑誌やら,皆,よい本を求めている。私が思うに,人というのは結局寂しがりやの生き物なので,いつも共感できるものを求めているのだろうと思う。尚,ここでいう「共感」とは,皆と同じ本を読みたいという意味ではなく,本を読んで心の琴線を振るわしたい(この表現は,多分,「心の琴線」という日本語的用法としては少し誤っていると思うけど),本に共感したいという意味である。

 そして,私も,何か面白い本はないかと常に探している。でも,なかなか巡り会わないので,とりあえず,本屋さんにいくと平台にある本に手を伸ばすことが多い。
と,この前ラジオをきいていたら,最近は本屋さんのポップ(平台にある本についてる本屋さんのコメント。手書きのものが多い)によって売れ行きが随分変わるという話が出ていた(例えば,外山滋比古の「思考の整理学」等)。

 確かに,私もポップがある方に手が伸びがちである。としても,ポップの書きっぷりによって,「ノリが軽すぎる」とか「あぁ,この人とは感性が違うな」とか,もっとひどい感想だと,「この人は大したことないな」と思ったりして,必ずしもポップがあるからと言って買うとは限らない。

 しかし,こうやってポップが注目されて,本屋さんの個性が前面にでてくるというのは本好きの私としては大歓迎である。

 として,本当に面白い本というのは,財産である。是非面白い本があったら,教えてもらいたい・・・
 ちなみに,私のお薦めは,色々あるけれど,一般的に受け入れられすいものでいえば,宮部みゆきの時代ものはホロッとくる上にストーリーの展開もよく,やはり,宮部みゆきは偉い!といつも思う。
 考えさせられるという意味では,村上龍の「半島を出よ」を始めとする,政治的意味合いをもった小説群はどれも面白い。でも,たまに私は村上龍的に言うとダメ人間かも,としんどいときもある(尚,龍は政治的小説とと破滅的な風俗的小説?の2通りあって,後者も嫌いではないが,たまになんでこんな小説書きたいのかねと思うことがある・・・。でも,彼は非常に頭のいい人なのできっと深い意図がある筈であり,ただ単に,それを私が理解していなだけだろう)。
 尚,同じ村上で有名な村上春樹の本も割と好きである(但し,何が面白いのかさっぱり分からん本もある)。小説ではないが「やがて哀しき外国語」というエッセイを読むと,小説よりも村上春樹そのものが心底好きになる。本当にこういう感性の人って好き好き大好きと思う。
 
 以上はいずれも有名な作家達であるので,まぁ,本好きなら皆読んでおられるであろう。

 として,私が大発見・大発掘と大喜びした本は,古本屋で本当にたまたまみつけた梨木香歩の「からくりからくさ」である。「丁寧に生きる」という生き方も示唆しつつ,ストーリー展開もなかなか面白く,ちょっと謎めいたところもあり,本当に面白かった。
 で,喜び勇んで色んな人に紹介していたが(京都時代にいた市民共同法律事務所のニュースレターにまで書いてしまった位),ふと気付くと「西の魔女が死んだ」という小説が映画化されて,いつの間にか結構有名な作家さんになっていた。
 まぁ,私は,「有名だから,ベストセラーなんかあかん」というこだわりはないので,かまわないのだけど,なんとなく面映ゆいような気になった(この点,「本は●冊同時に読め」という新書を書いているとある会社の元社長はベストセラーを読むような奴は馬鹿だと書いていた。しかし,別にベストセラーを読んだからアホということにはならんだろうと,あんたの妙な選民思想こそがバカだと大変不愉快になった。その他書いていることが色々と不愉快で,「あぁこういう不愉快な人でもトップになれるんだ」とある意味,いつもと違う角度から社会を知る意味でお薦めの本である・・・)。

 梨木果歩以外で,これは面白い!という本は,「大人は愉しい」という題で文庫として出版されている内田樹と鈴木晶,両先生の交換日記である。これはかなり面白い。この本を面白いというか否かで,私と合うか否かの判断が可能だと思う位,全身全霊かけて面白い(よくわからん表現だが)。

 今回は,やたらと長くなってしまったが,私が言いたかったのは,「面白い本は人生の財産です。面白い本があったら是非教えて下さい。」ということです。
 よろしくお願いします。