コラム

記入者:湯坐麻里子

 11月5日の朝刊にレビストロース先生が10月30日に亡くなったという記事が載っていた。

 レビストロース先生というのは,構造主義を確立させた方である。
 
 構造主義というのは哲学の中の一つの流派(という表現が適切なのか確信はないけど)で,サルトルとかカミュ等で有名な実存主義の次にきた流派である。

 私がどの程度構造主義を理解しているのかイマイチというより全然自信はないが,内田樹先生の解説本なんかを読んでいて,多分,理解,というより,体感しているような気がした。

 興味のある人は是非,内田樹先生の「寝ながら学べる構造主義」という新書を読まれたらよいと思うが,構造主義というのは簡単にいうと,「・・・と考えている自分が存在するが,「・・・」という考えは実は自分が存在している社会・世界によってもたらされたものである」ととらえる思想だ(と,私は理解している)。
 
 私は中学生位の頃から,自分が色々思うことについて「私の考え」だと思ってるけど,それって実は全部マスコミやら本やら,人との会話その他から知った内容のつぎはぎに過ぎないのではないか,とすると,自分の考えそのものってどこにも存在しないのではないかと勝手に考えていた(子どもの頃は暇だったのでそういうことを延々と考える時間があった)。だから,構造主義に出会ってなんとなくスッとしたのであった。

 でも,何回も書くけど,私の上記の理解が真に正しいとらえ方なのか未だに自信がない。私は「哲学」が好きだけど,何度読んでも分かってるのか分かってないのかイマイチ分からないのが私にとっての哲学なんだろうなと思う。