コラム

記入者:湯坐麻里子

 少し前の毎日新聞に面白い記事が載っていた。

 人の好みは脳の潜在的な活動に左右されている。
 過去に接した記憶が好き嫌いにどう関係しているかという実験で、顔は「なじみのある方が好き」、風景は「新しい方が好き」という傾向があることが分かった。特になじみのある顔を好む傾向は顕著だということだった。
しかも、人は「なじみのある顔だ!」とあまり認識しないままに無意識に好んでいるらしい。
 そして、人の好みが無自覚な認知に左右されているとすると例えば消費者が商品を選ぶ行動も実は自由な意思決定ではなく、広告戦略などに左右されている可能性が高い、という話でまとめられていた。

 この種の話って、皆さん、経験的に分かっていた話ではなかろうか。私はいつからかはっきり覚えていないが、少なくとも中学生位の頃から「自分の本当にオリジナルの考えって実は無いのではないか」と思っていた。
 例えば、事件が起こる→識者がコメントする、例えば、殆どの人が“心の闇”という言葉で話をまとめる→世間一般の人も“心の闇”という話でなんとなく納得した気になる→つい自分も「心の闇」という言葉を使用してしまう。
 と考えると、自分の言葉も自分の考えもあるようで無いような気がする(下手すると、自分の考えはマスコミに操作されているかもしれない)。
 
 そして、上記のような話も、既に他人も考えている話であり、やっぱりオリジナルな話ではない → ということに気づくこともやっぱり私だけではなく、色んなところでテーマになってる話である → ということに・・・・・と延々と続いていくのである。

 哲学というのは、上記のようなことを延々と考え続けること(だと思う)だが、答えが出ない話で面白いが本当にキリがない。私の尊敬する内田樹先生や姜尚中先生をはじめ哲学者の先生は凄いなぁと改めて思う。