コラム

記入者:湯坐麻里子

ここ最近,私用やら出張やらで新幹線に乗ることが多かった。
私にとって,長旅の一番のお伴!といえば本である。

日々忙しい生活をしているせいだと思うが,10代,20代のときよりも
今の方が集中力があるような気がする。

今の集中力があれば,大学受験も本命の大学に合格し,
かつ,司法試験ももっと早く受かったのではないかという気すらする。
つまりは,
大学受験には失敗し,司法試験合格についてもそれなりに苦労したということである。
まぁいいじゃないですか,放っておいてください・・・

さて,その司法試験一発合格の集中力で(って,勝手に思ってるだけであるが)
本を読むので,2時間あれば文庫本1冊位はだいたい読める。

〓〓〓〓〓〓〓1冊目 パレード 吉田修一

サクサク読めた。
私の好きな村上龍的な雰囲気もちょっとしたりして,
センス良くまとまった小説であったと思う

しかし,
 注:以下,2冊目の話までのおよそ5行程は,まだこの本を読んでない人は読まないでください。

最後の章については,かなり不満である。
私は,暴力とか殺人に華をもたせるというか,
暴力事件・殺人事件そのものをドラマティックな出来事として描く
ストーリーというのは安易でダメだと思っている。

〓〓〓〓〓〓〓2冊目 長い腕 川崎草志

横溝正史ミステリ大賞受賞作だそうである。
まぁ面白くなくはない。
私が全く分からない分野であるゲームのソフトの製作の蘊蓄(といったら怒られるか)
等も小説に盛り込まれていて,
これだけの蘊蓄を小説に盛り込みながら,ミステリー小説として
ストーリーを破綻させることなく構築していくんだから,
頭が良い人が書いているんだろうなぁとは思う。

でも,なんでこの人(特に主人公)がこんなことできるの?ということだらけで
なんというか,人は描けてないような印象であった。

きっと作者は頭の良い人で,
私なんかより,ずっと人に対する洞察力もあるんだと思うけど,
①洞察し,②さらに小説にする,というのは
①の洞察力だけでは足りないから,大変なんだろうなぁ
と傍観者ならではの責任感のない感想であった

〓〓〓〓〓〓〓
3冊目 告白 湊かなえ

大層面白かった。
1章目の主人公の語りの中に,「あ,それ私も思ってました。同じことを語ったことありです」
(根がおっさんなので何かと持論を語りたがる私なのであった)
という話がかなり入っていて,あっという間に小説の中に引き込まれてしまった。

あまりに面白くて,でも,乗車時間では時間切れで読み切れず,
電車を降りてから,プラットホームを歩いている間も,改札を通って
事務所まで歩いている間も二宮金次郎さながらにずっと本を広げて読み続けてしまった
(新白河駅で本を読みながら歩き続ける人って私だけ?)

この「告白」という小説は,私が1冊目の「パレード」について抱いた不満を
完全な形で解消してくれた。

そう,ここまで書ききらなければ,
暴力や殺人を小説に出す意味は全くないと思う。

私が思うに,概ね女性作家の方が人間に対する見方がシビアである。
シビアな目をもちつつ,温かい目でそれを描くのが宮部みゆきで
恐ろしく描くのが桐野夏生。中途半端なのが高村薫というのが私のイメージ

女というのは,基本,シビアな性ではないだろうか。
実際に子どもを産むか産まないかはともかく,女には生理があって
毎月,自分が産む性であること,動物であることを実感する機会が
あるから現実的でシビアなのではないか
(産み育てていれば,ハードな毎日で
理想論ばかりいってられないからなおシビアになるだろう)

これに対して,男は産み育てる性ではないので
いつまでたってもどこか少年(というより子ども)のままなのではないだろうか
男性というのは,このように,ある意味ピュアだから,
大人になってもどうでもいいようなこと
(野球選手の名前やら,ウルトラマンのキャラやらについて異常に詳しかったり,そういう類のこと)
に熱中できる人の割合が女性に比べて多いのではないかと思う
これが最近の私の持論である。

尚,上記はあくまで性差の問題であって,だからといって女性が優れているとか
いや男性の方が優れているとか,そういう話ではないと思っている。