コラム

10年11月 : プロの専業主婦

記入者:湯坐麻里子

本当に11月なのか?と大いに疑問だが,11月である。
間違いなく12月はあっという間に来て終わる。
毎年そうなので今年も間違いない。

そして,1月13日に誕生日が来てまた年をとるのである
もっとも,あんまり年をとったからといって気にしてなくて,年をきかれて
実年齢より上の年齢を間違えて言っていたりする・・・
でも,あとでおかしいなぁなんで旦那においついたんだろうと
計算し直して間違いに気付き,やはり少し損をした気にはなる

いつもながら,前置きが長い。癖である。
大学で司法試験受験生対象に試験対策で講義をしていたがいつも前置きが長かった。
(それだけをきいている人もいた位。
こうなってくると雑談を超えて漫談である
といってはおこがましいのは承知の上での発言である)

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さて,専業主婦ときいてどういうイメージを抱かれるでしょうか。
この不景気の中ではある意味高級な職業であるが,
主婦といっても色々おられる。
この人,毎日何してるんだろう?という人もいれば
なんて素敵な奥様なのだろうという人もおられる

うちの事務所には不定期で来てもらっている基本主婦のスタッフがいる
ややこしいのでAさんというが,
債務関係の事件の引き直し計算の入力の手伝い
という趣旨で来てもらうようになったのだが,それ以外にも
事務所を整理してもらったり,色々と総合的に仕事をしてもらっている。
 
彼女から,
「麻里子先生,このあたり(という位,広くエリア的に散らかしている私),
片付けていいですか?」と声をかけられるときがある。
「え,また,散らかしてた?お願いします」
と答えるや否や,残す物と捨てる物を瞬時に判断し,
極めて的確に捨てる物を分別して加工し,
なんやら段ボールやら袋やら適当に利用して綺麗に整理整頓してくれる。

先日は,事務所全体の整理をしてもらったが
(散らかした犯人は聖史弁護士と私であった),
皆が唖然とする位にてきぱきと整理整頓してくれた。
 
別に事務所を散らかしているわけでもない事務所のスタッフまでもが,
「今までの自分たちは甘かった。私達の今までの生活態度は間違っていました」
と深く反省する位の感動であった。

なるほど整理整頓というのはこういうことをいうのか
と近藤典子ばり,いや,あぁいうテクニカルな話ではなかったので
それ以上の感動と猛省を促す出来事であった。

定期的に来てもらっているわけでもなく,時間的にも
本業に差し支えない程度の限られた時間なのであるが
Aさんがたまに来てくれるのと来てくれないのとでは
なんとなく事務所の空気が違う(整理整頓という意味だけでなく,なんとなく,母性的なものが事務所に吹き込まれる気がする)というのは本当に偉大である。

このように,主婦業であれ,なんであれ,
素晴らしい仕事というものには人の感動をよぶものである。
「感動」というのは,感動という波動か何かがあって,
整理整頓でも料理でも気遣いでも,芸術作品でも,
何でも同様の原理で人の心に働きかけて感動を呼び起こすのではないかと思う。

と,Aさんの片付けぶりに感動し,こんなにも深く考察している私であるが,
今,事務所を見回すと,
あのとき感動した状態がまたいつもの雑然とした状態に戻りつつある。
片付けても片付けても,というこの状態は寄せては返す波のようなものである
(といっている場合ではないが・・・)